回送電車はどこへ行くのか。怖いと言われるあの列車、運転士は気持ちいい
夜、駅のホームに立っていると、誰も乗せていない電車が通過していくことがあります。行先の表示は「回送」。
あれを見て、少し怖いと感じる人がいるようです。実際、「回送電車 怖い」という言葉で検索されています。
先に答えを書きます。運転している側は、むしろ気持ちがいいです。
この記事では、元運転士として、回送電車がどこへ向かっているのか、なぜ回送で走らせる必要があるのか、そして運転席から見たあの時間について書きます。元指令員として、回送列車をどう使っていたかも書きます。
回送電車とは、お客様を乗せずに走る列車のこと
回送とは、営業運転をせずに車両を移動させることです。ドアは開かず、誰も乗せません。
多いのは、車庫から始発駅へ/営業を終えて車庫へ
夜になると、車両は車庫に帰ってきます。ですから実際に多いのは、この2つです。
- 出庫して、始発駅まで回送する(朝いちばんの列車を走らせるため)
- 営業を終えて、車庫まで回送する(一日の仕事を終えて戻るため)
駅に泊める日は、パジャマと歯ブラシを持っていく
ただし、すべての車両が車庫に帰るわけではありません。終端駅や途中駅に、車両を留置することがあります。
このとき、乗務員はどうするか。その駅の最寄りに宿泊します。
ですから、駅留置の仕業にあたる日は、パジャマや歯ブラシといった宿泊道具を持って出勤します。 前の晩から荷物の準備をして家を出る。運転士の仕事には、そういう日があります。
なぜ回送が必要なのか。始発を遠くの駅から出すため
「お客様を乗せて走ればいいのに」と思われるかもしれません。理由があります。
車庫を出たすべての列車が、出庫した最寄りの駅からお客様を乗せてしまうと、車庫から遠い駅に列車が到着するのが遅くなります。 遠い駅の人ほど、始発が遅くなってしまう。
それを防ぐために、先に回送で列車を送り込み、その駅から始発として走らせます。回送電車は、始発を早く出すための送り込みです。
ダイヤを作るのは、思っている以上に難しい
私はダイヤ作成に携わったこともあります。正直に言って、簡単ではありませんでした。
始発を何時に設定するのか。ラッシュ時間帯に走らせられる最大の運用本数は何本なのか。そうした条件から逆算して、どの列車を出庫させるか、どれを回送で走らせるかを決めていきます。
回送電車は、その逆算の結果として生まれています。その逆算をどう組み立てているのかは、電車のダイヤが2〜3ヶ月かけて作られる過程にまとめました。
「回送電車 怖い」と検索する人へ。運転士は気持ちいい
さて、本題です。
誰も乗っていない電車が夜に走っていく光景は、たしかに少し不思議に見えると思います。ですが運転席にいる人間の感覚は、正反対です。
気持ちがいいのです。
一日の仕事を終えて、最後に回送列車で入庫する。この時間は、張り詰めていた気持ちをふっと休ませることができます。お客様を乗せている間は、停止位置も、定時運転も、案内も、すべてに気を張っています。それが終わったあとの回送です。
しかも、途中駅は通過していきます。飛ばして運転できる。素直に、気分がいい。
怖い電車ではありません。一日を終えた運転士が、少しほっとしている電車です。
ただし、回送だからこそ注意していること
とはいえ、気を抜いているわけではありません。回送には回送の注意点があります。
通過駅のホームです。 端を歩いている人がいれば、触車の恐れがあります。触車とは、走行中の車両に人が接触することです。通過するということは速度が出ているということなので、ここは特に見ています。
そして踏切です。 これは営業列車でも同じですが、遮断桿が下りてきているのに渡り遅れる人がいます。そうすると発光信号機が現示します。発光信号機とは、踏切に異常があることを運転士に知らせる装置です。
この現示を認めたら、非常停止しなければなりません。 ですから、商店街につながっている踏切のように人通りの多い場所では、特に注意を払っていました。
気楽さと緊張感が同居している。それが回送を運転しているときの感覚です。
回送電車に、乗ってしまったら
お客様が誤って回送列車に乗ってしまうことはあるのか。
実際に起きたという話は聞いたことがあります。その場合は、降車できるタイミングで降りていただくしかありません。
こういうことが起きると社会的に大きな問題になります。ですから車内巡回をしっかり行い、お客様が残っていないことを確認します。
ただし、例外があります。駅で入換を行うときです。入換とは、駅構内で車両の位置を変える作業のことです。このタイミングでは車内巡回をする時間の余裕がなく、稀に、眠っているお客様を発見することがあります。
入換が終われば、その車両はすぐ営業列車として走り出します。ですからそのまま乗車していただき、駅に到着したところで降りていただく、という対応になります。
指令員から見ると、回送電車は「使える駒」
私は運転士のあと、指令員も経験しています。指令席から見た回送電車は、少し違う顔をしています。
運転整理をするとき、回送列車は使い勝手がいいのです。
駅に到着した回送列車を、そのまま次の列車に充てる。こうすれば、特発を出したのと同じ効果が得られます。特発とは、ダイヤにない列車を臨時に走らせることです。車庫から新しく出すより早く、確実です。
これは指令員のテクニックです。ですから運転整理をしそうな時間帯には、この先に出庫があるかどうかをよく確認していました。使える駒があるかどうかを、あらかじめ把握しておくわけです。
一方で、逆のこともあります。出庫する車両がいると、車両基地の中でバッティングしてしまい、特発を出せなくなる。
回送列車ひとつをとっても、使える場面と使えない場面がある。指令員は、全体を俯瞰して判断しなければなりません。
まとめ:回送電車は、誰かの朝と誰かの一日の終わりを運んでいる
- 回送電車とは、お客様を乗せずに車両を移動させる列車のこと
- 多いのは「出庫して始発駅へ」と「営業を終えて車庫へ」の2パターン
- 終端駅や途中駅に留置する日もあり、そのときは乗務員がパジャマと歯ブラシを持って出勤する
- 回送が必要なのは、車庫から遠い駅の始発を遅らせないため。送り込んでから始発として走らせる
- 運転士にとっては気持ちのいい時間。ただし通過駅のホーム端と踏切には特に注意している
- 指令員にとっては運転整理に使える駒。到着した回送をそのまま次列車に充てられる
夜に通過していく回送電車は、無人で不気味な電車ではありません。朝いちばんの列車を届けに行く電車か、一日を終えて帰る電車です。
次に見かけたら、運転席のあたりを見てみてください。誰かが座っています。
なお、始発列車がどうやって動き出すのかは別の記事で書きました。あわせてどうぞ。
