電車遅延はなぜ広がるのか。元指令員は、遅れた列車の前を止めていた
電車が遅れているとき、後ろの電車まで止まっていることがあります。
「なぜ後ろまで止めるのか」と思われるかもしれません。実は、指令が止めているのは後ろだけではありません。遅れている列車の、前を走っている列車も止めています。
理由があります。この記事では、元指令員として、遅延がなぜ起きて、なぜ広がるのか、そして指令席で何をしているのかを書きます。
実際に多い遅延原因は、雨と振替輸送と急病人
まず、実際に多い原因から。指令席で見ていた限り、上位はこの3つです。
雨。 濡れたレールは滑ります。ブレーキの効きが変わるため、慎重な運転になり、そのぶん時間がかかります。天気予報を見て、今日は遅れそうだと身構える日がありました。
他社線からの振替輸送。 別の路線が止まると、その乗客がこちらへ流れてきます。普段より人が多くなれば、乗り降りに時間がかかります。自分の路線には何も起きていないのに遅れる、というのはよくあることです。
急病人。 これは避けようがありません。お客様の安全が最優先なので、時間はかかります。
そしてもうひとつ、正直に書きます。
運転士の技量も、関係します
同じ列車、同じダイヤでも、運転士によって走らせ方は変わります。停止位置を一発で合わせられるか、加速と減速をどう組み立てるか。その差が、数十秒の違いになります。
これは責める話ではありません。だから見習い期間があり、免許を取ったあとも技術を磨き続けます。ただ、遅延の要因として存在するのは事実です。
大きなトラブルがなくても、数分は生まれる
事故もトラブルもない日にも、電車は数分遅れます。あの数分はどこで生まれるのか。
駅のホームで、特定のドアだけが混むからです。
混むドアは、次の駅の階段の位置で決まる
ホームには、階段やエスカレーター、エレベーターがあります。改札の位置も決まっています。お客様は自然と、そこに近い場所に集まります。ホームの上で、人が滞留する場所ができるわけです。
そして、その場所にあるドアだけが混雑します。
さらに、降りる駅の階段の位置も効いてきます。次の駅で階段に近い場所から降りたい人は、乗るときからその位置のドアを選びます。ひとつのドアに人が集中する理由は、乗る駅ではなく降りる駅にもある、ということです。
指令席から見ていて、いつも思っていました。分散して乗っていただければ、結果として全員が早く着くのに、と。
なぜ、遅れは広がるのか
ここからが本題です。1本の遅れは、どうやって他の列車に伝わるのか。
仕組みは単純です。
ある列車が遅れると、その前を走っていた列車が駅を出てから、遅れている列車が駅に着くまでの時間が空きます。 電車が来ない時間が長くなれば、ホームにはお客様が溜まります。
そこへ遅れている列車が入ってくると、いつもより多い人数が乗り降りすることになります。当然、停車時間は延びます。遅れているのに、さらに遅れる。 これが遅延が増大していく仕組みです。
だから指令は、遅れている列車の「前」を止める
この悪循環を止めるために、指令が打つ手があります。
遅れている列車の、先行列車を抑止するのです。
抑止とは、駅で列車を止めて待たせることです。先行列車をあえて駅に留め、お客様をできるだけ乗せてから出発させる。そうすれば、後から来る遅れた列車が拾う人数が減ります。停車時間が延びず、それ以上遅れずに済みます。
前の電車を止めることで、遅れている電車を守っている。そういう構図です。
そして同時に、後続の列車も止めます。遅れた列車との間隔が近くなりすぎるため、間隔を空ける必要があるからです。これを間隔調整と呼びます。
こうして、1本の遅れが前にも後ろにも広がっていきます。遅延が波及するのは、放置した結果ではありません。悪化を防ぐために手を打った結果でもあるのです。
ホームで「なぜこの電車まで止まるのか」と感じたとき、その列車は、どこかの列車を守るために止まっているのかもしれません。
指令席で打つ手には、順番がある
遅れた列車を定時に戻すために、指令は順番に手を打っていきます。
まず、間隔調整でしのぐ。 これが最初です。列車どうしの間隔を整えて、それ以上崩れないようにします。
次に、運行図表を確認します。 運行図表とは、列車の動きを線で表したダイヤのことです。これを見て、遅れている運行がこの先どう動くのか、折り返し時分が長い駅があるかどうかを確認します。折り返しとは、終点で向きを変えて逆方向の列車になることで、そのために取ってある時間が折り返し時分です。
この時間で遅れを吸収できそうなら、そのまま様子を見ます。 手を加えずに回復するなら、それが一番いい。
回復の見込みがないときは、運転整理に入ります。 運転整理とは、ダイヤそのものを組み替えて正常化を図ることです。ここで初めて、大きく手を入れます。
具体的には、特発として列車を出庫させます。特発とは、ダイヤにない列車を臨時に走らせることです。車庫から新しい車両を出し、車両交換をして遅れを断ち切ります。
ほかにも手はあります。終端駅で、運転士を前後両方の運転台に乗せておくという方法です。
通常、折り返すときは運転士が反対側の運転台まで歩きます。1編成ぶん、200mほどの距離です。 最初から両方の運転台に乗っていれば、この移動がまるごと要りません。到着して、すぐに出発準備へ入れます。
言ってしまえば、それだけのことです。ですが遅れているときは、こういう積み重ねを取りにいきます。

「もっと飛ばせば取り戻せる」は、できません
お客様から見て納得しにくい部分だと思います。遅れているなら速く走ればいい、と。
制限速度は守らなければなりません。 これは大前提です。
走行中に多少の回復を図ることはあります。ですが私の感覚では、そこは勝負どころではありませんでした。
遅れを縮められるかどうかは、駅の停車時間で決まります。
そのために必要なのが、車掌のアナウンスです。空いているドアへお客様を誘導する。ホームの状況を見て、どこが混んでいてどこが空いているかを伝える。これがうまくいくと、停車時間が縮みます。
つまり、運転士と車掌だけでは遅れは縮まりません。お客様の協力がないと、なかなか縮まらないというのが、指令席から見ていた実感です。
安全が最優先。そのうえで、天秤にかけているもの
指令席で何を優先しているか。安全最優先は大前提です。そのうえで、考えていることがあります。
運転整理をすれば、車両の運用が変わります。どの車両がどこへ行くかが変わるということです。そして、運転士や車掌の交代場所も変わります。予定していた駅で交代できなくなるかもしれません。
ですから、ある程度の計画を立てた段階で、関係する部署にあらかじめ打診しておきます。 この先、運転整理をやる可能性があります、と伝えておく。
簡単な車両交換であっても、その後の運用をどうするかを、車両部門の担当者と具体的に相談します。指令席で判断を下すのは一瞬でも、その判断は、他の部署の仕事を動かします。
遅延対応は、指令員だけの仕事ではありません。
まとめ:遅れは、放置ではなく対処の結果でも広がる
- 実際に多い遅延原因は、雨・他社線からの振替輸送・急病人。運転士の技量も要因として存在する
- 大きなトラブルがなくても数分は生まれる。混むドアは、乗る駅と降りる駅の階段の位置で決まる
- 遅れると前の列車との間隔が空き、ホームが混んで、さらに遅れる。これが悪循環の正体
- 指令は遅れている列車の「前」を抑止して、お客様を吸わせてから出す。後続は間隔調整で抑止する
- 打つ手には順番がある。間隔調整 → 運行図表の確認 → 回復見込みがなければ運転整理・特発
- 走行では取り戻せない。勝負は駅の停車時間。車掌の誘導とお客様の協力が要る
電車が遅れているとき、ホームには苛立ちが流れます。その気持ちはよく分かります。
ただ、止まっている列車の中には、他の列車を守るために止まっているものがあります。指令席では、その判断が数十秒単位で続いています。
なお、運転士が乗務中にトイレへ行くと、列車は3〜4分遅れます。その3〜4分を指令席で待っていたときの話は、別の記事で書きました。あわせてどうぞ。
