電車のダイヤは2〜3ヶ月かけて作る。1分ズラすと、全体が狂ってしまう
「乗り換えに間に合わないので、あと1分だけ早くしてほしい」
鉄道会社には、こういう声が届きます。気持ちはよく分かります。ホームで隣の電車のドアが閉まるのを見送った経験は、誰にでもあるはずです。
ですが、その1分は動かせないことがあります。動かすと、他の列車がすべて狂うからです。
私はダイヤ作成に携わったことがあります。この記事では、電車のダイヤがどうやって作られるのか、そしてなぜ1分が動かせないのかを書きます。
ダイヤは2〜3ヶ月かけて作る
まず、時間の話から。
ダイヤの作成には、2〜3ヶ月ほどかかります。 数人で進める仕事で、私はその大元を作っていました。
数ヶ月と聞くと長く感じるかもしれません。ですが実際にやってみると、この期間でも余裕はありません。理由は、これから書くとおりです。
最初に決まるのは、始発駅の発車時刻
白紙の状態から、何を最初に決めるのか。
始発駅の発車時刻です。 そして、どの駅が始発になるのか。この2つが最初に固定されます。
そこから逆算して、出庫時刻が決まる
始発駅の発車時刻が決まれば、そこから逆算していきます。
その列車を始発駅に送り込むには、何時に車庫を出なければならないか。車庫から始発駅までの回送に、どれだけ時間がかかるか。こうして出庫時刻が決まります。
ダイヤは、朝いちばんの一点から後ろへ伸びていく。そういう作り方をします。
次に、ラッシュで最大本数が揃うように調整する
もうひとつの大きな条件が、最大運用本数です。
ラッシュ時間帯に、走らせられる列車の本数を最大にする。そのために、出庫時刻を調整していきます。何本の車両を、どのタイミングで車庫から出すか。ここが噛み合わないと、いちばん混む時間帯に列車が足りません。
始発の一点から逆算しつつ、ラッシュの山に合わせて出庫を組む。この2つを同時に満たすところから、ダイヤ作成が始まります。

いちばん難しいのは、列車同士の競合
では、何がいちばん難しいのか。
列車同士の競合です。
同じ時刻に、同じ場所を2本の列車が使うことはできません。線路も、ホームも、ひとつしかないからです。この重なりを、ひとつずつ解いていきます。
特に難しいのが、番線の少ない終端駅です。 折り返しのために列車が滞在する駅で、使えるホームが限られていると、そこが詰まります。到着した列車が出ていくまで、次の列車は入れません。
1分ズラすだけで、そのあとが合わなくなる
競合が見つかったら、どちらかを1分ズラす。単純な話に聞こえます。
ですが、その1分をズラしただけで、そのあと全体が合わなくなることはザラにあります。
ズラした列車は、次の駅にも1分遅れて着きます。そこで別の列車と競合する。それを解くとまた別の場所で重なる。1本の1分が、後ろに向かって波のように広がっていきます。
理想を言えば、列車の間合いは均等にしたい。実際には、わずかに間合いが短い時間帯や、長い時間帯ができます。 きれいに揃わない。それが現実のダイヤです。
時刻表を見て「なぜここだけ間隔が空くのだろう」と思ったことがあれば、その裏側には、こういう調整の跡があります。
1本を1分早めると、どこまで動くのか
朝の1本を1分早める。それだけのことで、何が連鎖するのか。
出庫時刻が動きます。 早く発車するなら、早く車庫を出なければなりません。
折り返し時分が動きます。 終点に早く着けば、次の列車になるまでの時間も変わります。
そして、乗務員の勤務時間が延びます。 ここが重要です。乗務員の勤務には基準があり、ダイヤはその基準に沿った内容でなければなりません。1分早めた結果、誰かの勤務が基準から外れてしまえば、そのダイヤは成立しません。
車両の話だけではないのです。1分の裏側には、その列車に乗る人の勤務があります。
ダイヤが動き出す日
数ヶ月かけて作ったダイヤで、実際に電車が走り出す日が来ます。
混雑時間帯のダイヤがうまくハマったときは、最高の気分です。 自分が机の上で引いた線のとおりに、人が流れていく。
もちろん、失敗もあります。
わずか数分早かったために、帰宅ラッシュの最初のお客様を乗せられない。 そういうことが起きます。あと少し遅ければ、あの人たちは乗れた。駅にいる人の顔が見えるぶん、この失敗はこたえます。
数ヶ月かけた仕事の結果が、数分のズレとして目の前に現れる。ダイヤ作成とは、そういう仕事でした。
「1分早くしてほしい」に応えられない理由
最後に、冒頭の話に戻ります。
他社線との乗り換えについて、こちらが他社に合わせることはできません。
「乗り換えに間に合わないから1分早くしてほしい」という声は届きます。ですが、その1分を動かせば、ここまで書いてきたとおり、他の列車がすべて狂います。競合が発生し、それを解いた先でまた競合が出る。乗務員の勤務も組み直しになります。
だから、対応できないときは、できない。
申し訳ないと思っています。ですがそれは、要望を軽く扱っているからではありません。その1分が、他の誰かの1分と繋がっているからです。
まとめ:時刻表の数字は、数ヶ月かけて置かれている
- ダイヤ作成には2〜3ヶ月かかる。数人で進める仕事
- 最初に決まるのは始発駅の発車時刻と、どの駅を始発にするか。そこから逆算して出庫時刻が決まる
- もうひとつの軸は最大運用本数。ラッシュに最大本数が揃うよう出庫を調整する
- いちばん難しいのは列車同士の競合。特に番線の少ない終端駅
- 1分ズラすと、そのあと全体が合わなくなることはザラにある
- 1分早めれば出庫時刻・折り返し時分・乗務員の勤務まで連鎖する
- だから「他社線に合わせて1分早めてほしい」に応えられないことがある
時刻表に並んでいる数字は、ただの時刻ではありません。何ヶ月もかけて、ひとつずつ置かれたものです。
そしてその数字は、次の数字と繋がっています。1本を動かせば、隣が動く。その連鎖の上に、毎日の運行が乗っています。
なお、始発駅へ列車を送り込む回送電車については別の記事で書きました。この記事で書いた「出庫時刻の逆算」が、実際にどう走っているのかが分かります。あわせてどうぞ。
