台風で電車が止まるのは、指令が決めています。空振りより見逃しが怖い
台風や大雪の日に、電車が止まる。あれを誰が、何を見て、どうやって決めているのか。
私は指令員として、その判断をする側にいました。この記事では、止めると決めるまでに現場で何が起きているのかを書きます。
先に、いちばん大事なことを書きます。止めたのに大したことがなかった、という日は、失敗ではありません。現場が本当に怖いのは、そちらではないからです。
決めているのは指令です。ただし、指令席だけで完結する話ではありません
止めるかどうかを決めるのは、指令です。
ただし、指令席に座っている人間だけで完結する話ではありません。台風のように前もって予報が出る事象では、あらかじめ連絡が取れる体制を組んだうえで判断します。夜中であっても、休日であっても同じです。
それでも、最後に「止める」と言うのは指令です。鉄道指令員の仕事の中でも、重い部類に入る判断です。
「動かせたのに」より、「なぜ動かした」のほうが怖い
止めると決めたあと、天気が外れることはあります。思ったより荒れず、「動かせたじゃないか」と言われる日は、よくあります。
ただ、それは結果論です。
判断した時点で手元にあった情報で、きちんと分析して決められたかどうか。そこがすべてです。結果として動かせた、となってもいい。
本当に怖いのは、逆のほうです。
動かして、何か起きてしまったとき。「なぜ動かしたんだ」と問われる側に立つこと。こちらのほうが、比べものにならないくらい怖い。
だから判断は、どうしても安全側に寄ります。それは慎重すぎるからではなく、間違えたときの重さが、両側でまったく違うからです。
正直に書くと、止めたくないという気持ちは働きます。止めれば大勢の人が困ることは、こちらも分かっています。それでも迷ったときは、安全側に倒します。
法令に、風速の数値は書かれていません
「風速何メートルで止まるのか」は、よく聞かれます。
調べてみると、鉄道の設備や運転の基準を定めた省令には、数値がひとつも書かれていません。「風速」という言葉自体が、一度も出てきません。
書かれているのは、これだけです。
第百八条(列車の危難防止) 暴風雨、地震等により列車に危難の生ずるおそれがあるときは、その状況を考慮し、列車の運転の一時中止その他の危難防止の措置を講じなければならない。
そして国土交通省の解釈基準では、その方法や対象とする区間を「各鉄道事業者が定めておくこと」とされています。
つまり、何メートルで止めるかは、会社ごとに決めているということです。
そのうえで、目安はあります。風速25メートルを超えると運転を止める会社が多いとされています。ただし会社や区間によって違い、地上区間は30メートル、という例もあります。
同じ風が吹いても判断が分かれるのは、そのためです。
見ているのは、風速計と雨量計と、契約している気象の会社です
現場が見ているものは、大きく分けて2つあります。
ひとつは実測値です。風については風速計、雨については雨量計が線路沿いにあります。地震は、外部のサービスと連携して緊急地震速報などを受け取っています。
もうひとつは予報です。気象情報を提供している会社と契約していて、そこから情報をもらいます。
この2つを両方見ます。予報だけでは動けませんし、実測値だけでは間に合いません。
いきなり止めるわけではありません。先に本数を減らすこともあります
規制値を超えたら、徐行させるか、運転を見合わせます。
ただ、そこに至る前に打てる手もあります。事前の情報と分析で「この路線は規制値を超えそうだ」と見えているとき、先に列車の本数を減らしておくことがあります。間引き運転です。
本数が少なければ、いざ止めるときに線路上に残る列車が減ります。お客様を乗せたまま駅間で立ち往生させる事態を、避けやすくなります。
流れとしては、こうなります。
- 数日前 — 気象の会社から、風や雨のピークがいつ来るかを聞いておく
- 当日の前 — 影響が出そうな路線は、先に本数を減らす
- 規制値を超えたら — 徐行、または運転見合わせ
- ピークを待つ — 聞いておいたピーク時間を過ぎるまでは戻さない
- 実測値が下回ったら — 警戒解除

計画運休は、48時間前と24時間前に分かれています
前もって「明日は止めます」と発表するやり方は、いまではすっかり定着しました。
国土交通省が2019年にまとめた計画運休のモデルケースでは、情報提供のタイミングがこう示されています。
- 48時間前(2日前) … 計画運休の可能性を知らせる
- 24時間前(前日) … 具体的な運休計画を知らせる
これは義務として定められた数字ではなく、各社が参考にする標準的なモデルです。実際の運用は会社によって違います。
ただ、現場の感覚としては決まりでした。モデルケースに沿って案内する、というのが社内のルールとして運用されていた、という意味です。国が示したものが、各社の中で決まりになっていく。そういう形です。
計画運休にしない日でも、準備は早くから始まります。前日や前々日から動きはじめて、警戒が発令されたタイミングから本格的な対応に入ります。
再開は、ピークを超えてから決めます
風がやめば、動かせます。
ただし、やんだように見えても、また吹いて規制値を超えれば、もう一度見合わせになります。それを繰り返すわけにはいきません。
ですから、事前に聞いておいた「風のピークはいつ頃か」を目安にします。そのピーク時間を過ぎて、なおかつ実測値も規制値を下回っている。この両方を確認して、警戒解除になります。
「風がやんだのに、まだ動かないのはなぜか」と思われることがあります。ピークを超えたかどうかを、まだ確認できていないからです。
正直に書くと、本当にもう大丈夫なのかを判断するのは、難しいです。契約している気象情報サービスから情報をもらいながら、ひとつずつ確かめていくことになります。
なお、風については、運転士から「この区間は徐行したほうがいい」と情報が上がってくることもあります。数値だけでなく、走っている人間の感覚も、判断に入っています。
まとめ
- 止めると決めるのは指令。ただし、あらかじめ連絡が取れる体制を組んだうえで判断する
- 法令に風速の数値はない。何メートルで止めるかは会社ごと。目安は風速25メートル(30メートルの例もある)
- 見ているのは実測値(風速計・雨量計)と、契約している気象会社の予報の両方
- 規制値を超える前に、先に本数を減らしておくことがある
- 計画運休は48時間前に可能性、24時間前に具体的な計画(国のモデルケース)
- 再開は、風のピークを超えて、実測値も下回ってから
そして、止めたのに大したことがなかった日は、失敗ではありません。あの日の判断は、あの時点の情報で正しく行われた、というだけのことです。
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