運転士と車掌の違いは持ち場です。遅れは二人が別々に取り返しています
電車に乗ると、前に運転士がいて、後ろに車掌がいます。同じ制服を着て、同じ列車に乗っている二人ですが、やっていることはまったく違います。
先に、この記事の立ち位置を書いておきます。私は駅係員から運転士になり、そのあと指令員になりました。車掌は経験していません。 ですから、車掌室の中で何を考えていたかは書けません。この記事で書くのは、運転台の側から見ていた車掌です。何年も同じ列車の前と後ろに乗って、ブザーで合図を送り合っていた相手として書きます。
その前提で読んでいただけたらと思います。
違いは、ひとことで言えば「持ち場」です
運転士は前にいて、列車を動かします。車掌は後ろにいて、客室とお客様を見ます。
当たり前に聞こえるかもしれませんが、持ち場が違うということは、見ているものが違うということです。運転士が見ているのは信号と線路と速度計です。車掌が見ているのはホームとお客様とドアです。同じ列車に乗っていても、目に入っている景色が違います。
だから、どちらかがどちらかの代わりをするという関係ではありません。前と後ろで、別のものを見張っている。それがこの二人です。

免許が要るのは、運転士だけです
制度の上でいちばんはっきりした違いは、ここです。
運転士には動力車操縦者運転免許という国家資格が要ります。これがなければ列車を運転することはできません。一方、車掌にこの免許は要りません。
免許の話は運転士と運転手の違いは国家資格という記事で詳しく書きました。免許証に何と書かれているかまで載せています。
ドアを開けると決めているのは、車掌です
ここは意外に思われるところかもしれません。
所定の位置に止まったら、車掌が開ける
列車が所定の停止位置に止まったとき、ドアを開けるかどうかを判断するのは車掌です。 運転士が開けているわけではありません。
運転士の仕事は、列車を所定の位置に止めるところまでです。そこから先、客室の扉を開くのは車掌の持ち場になります。ホームに立っている人から見ると「運転士が止めて、運転士が開けている」ように見えるかもしれませんが、実際には途中で担当が入れ替わっています。
出発の合図は、会社によってやり方が違う
出発するときは、まず車掌がホーム上の表示を見て、ドアを閉めます。
そのあとが、実は会社によって違います。ひとつは、車掌が運転士にブザーで合図を送るやり方。もうひとつは、運転台にある戸閉表示灯(とじめひょうじとう)が点灯したことをもって、運転士が出発するやり方です。戸閉表示灯というのは、すべてのドアが閉まると運転台で点くランプのことです。
どちらが正しいということではなく、鉄道会社によって決まりが違います。 ですから「車掌がブザーを鳴らしてから発車する」という説明は、半分は当たっていて、半分は外れています。
運転台と車掌室は、ブザーでつながっています
前と後ろに離れているので、二人は声では話せません。そこで使うのがブザーです。
たとえば、停止位置が少し行き過ぎてしまったけれど、ドアを開けても差し支えない、というとき。こういう場面でブザーを使います。押し方は規程で決められています。 具体的な押し方は社内の決まりごとなのでここには書きませんが、決まった押し方があり、それを二人とも覚えている、ということです。
ブザーのほかに、車内マイクを通じて会話することもあります。
遅れているとき、二人は別々のやり方で取り返します
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。
列車が遅れているとき、運転士と車掌の連携は非常に重要になります。おもしろいのは、二人が取り返そうとしている数分は同じなのに、やり方がまったく違うことです。
運転士は、走っている時間で取り返します。 ただし、速度そのものを上げられる幅は多くありません。出せるのは所定の速度までで、それ以上は出せないからです。
では何を削っているかというと、ブレーキをかけている時間です。制限速度いっぱいまで出したまま走り、カーブでブレーキを始める位置を少し遅らせる。駅へも速度を保ったまま近づき、最後に強めのブレーキで停止目標にぴたりと止める。速く走るというより、減速している時間を短くしている、というのが実際のところです。
車掌は、止まっている時間で取り返します。 ドア扱いの時間を短くして、駅にいる時間を詰めていきます。
ただし、どちらも安全を脅かすことはできません。 制限速度を超えることはありませんし、お客様の乗り降りが終わる前にドアを閉めることもありません。決められた範囲の内側で、上手く攻めていく。そういう作業です。
前と後ろで、別々に数十秒ずつ削っている。それが積み重なって、終点に着くころには遅れが少し縮んでいる。遅れが回復したように見えるとき、その裏ではだいたいこれが起きています。

電車の遅れがどうやって広がり、どうやって収まるのかは電車遅延はなぜ広がるのかという記事に書きました。
異常があったときは、むしろ分かれません
「判断が分かれて揉めることはないのか」とよく聞かれます。私の経験では、異常があったときこそ判断は分かれませんでした。
むしろ逆です。車内で急病人が出たようなときには、状況によって運転士が車掌を手伝うこともあります。持ち場は分かれていますが、必要なときには線を越えます。
車掌が乗らない日は、運転士が全部やります
ワンマン運転という言葉を聞いたことがあると思います。車掌が乗らず、運転士ひとりで列車を担当する運転のことです。
このとき、運転士はドア扱いもやります。 さらに、お客様からの質問にも一人で答えます。運賃はいくらか、どこで乗り換えるのか。こうした営業に関することも、すべて運転席から対応します。
正直に言って、大変です。そして車掌が乗っているだけで心強いというのが本音でした。車掌の価値がいちばんよく分かるのは、車掌がいない日です。
それで、どちらが偉いのか
検索していると、この問いをよく見かけます。
鉄道業界としては、運転士のほうが位(くらい)が上という扱いです。ここは正直に書いておきます。免許が要る仕事ですし、給与の面でも差があります。
ただし、「車掌をやってから運転士になる」という決まった道があるわけではありません。
基本的には車掌から運転士になる人が多いと感じていますが、これも会社によります。 国鉄あがりの年配の方には、車掌の業務をまったくやったことがないという人も少なくありません。
私自身も、駅係員から運転士になりました。車掌は経験していません。
位に上下はあっても、道は一本ではないということです。
まとめ
- 違いはひとことで言えば持ち場。運転士は前で列車を、車掌は後ろで客室を見る
- 免許が要るのは運転士だけ。動力車操縦者運転免許という国家資格
- ドアを開けると決めているのは車掌。出発の合図の方式は会社によって違う
- 二人はブザーでつながっている。押し方は規程で決められている
- 遅れているとき、運転士は走っている時間で、車掌は止まっている時間で取り返す
- ワンマンでは運転士が全部やる。車掌の価値は、いない日にいちばんよく分かる
- 業界としては運転士のほうが位が上。ただし「車掌→運転士」は決まった道ではない
同じ列車に乗っていても、二人は違うものを見ています。次に電車に乗ったとき、前と後ろで別々に仕事が進んでいることを思い出していただけたら、車窓の景色が少しだけ変わるかもしれません。
運転士の仕事そのものについては、別の記事にまとめてあります。

