回送電車に乗ってしまったら、すぐ申し出てください。中からは開きません
気づいたら、車内に自分しかいない。窓の外を見ると、電車はホームを離れていく。回送電車に乗ってしまった、と気づいた瞬間、いちばん知りたいのは「このあとどうなるのか」ではなく「自分は何をすればいいのか」だと思います。
答えを先に書きます。すぐに乗務員へ申し出てください。車内から自分でドアを開ける手段は、ありません。
私は駅係員、運転士、指令員の順に現場にいました。回送電車を見送る側、運転する側、動かす指示を出す側の三つです。その立場から、乗ってしまった人がどう扱われ、現場が何をしているのかを書きます。
乗ってしまったと気づいたら、すぐ申し出てください
正解は二つです。
- 乗務員のところまで行って、直接申し出る
- 車内の非常通話装置を押して、乗務員と連絡を取ってもらう
現場としては、このどちらかをしてほしいというのが本音です。
非常通話装置を押すことを、ためらわないでください。
正直に言えば、押されれば小さな話ではありません。ただ、気づかれないまま車庫まで連れて行ってしまうほうが、はるかに大ごとです。
そもそも、乗ったままの方がいないか車内を確認して降りていただくのは、現場の側がやるべきことです。押した人が責められる筋合いは、ありません。
迷ったら押していい、という話は電車の非常停止ボタンでも書きました。考え方は同じです。
中から、ドアは開けられません
車内から、お客様が自分でドアを開ける手段はありません。
車内にはドアコックという装置があります。非常時にドアを手で開けるためのものですが、これは乗務員が扱うものです。お客様が操作するものではありません。
ここは、はっきり書いておきます。
長い時間、駅と駅のあいだで電車が止まったとき、待ちきれずに自分でドアコックを開けて線路へ降りてしまう。そういうニュースを、私も見たことがあります。これは本当に危険です。
自分の乗っている列車が止まっていても、反対側の線路を走る列車まで止まっているとはかぎりません。指令がその列車を抑止(よくし。走らせないように止めておくこと)していなければ、事故になります。線路へ降りるかどうかは、指令と現場が状況を確かめたうえで決めることです。
話を戻します。回送電車の場合も、誰かに気づいてもらうまで降りることはできません。本当に誰にも気づかれなければ、そのまま車庫に入庫してしまいます。
ただ、実際にそこまで至ることは、ほとんどありません。
実際は、ほとんど走り出す前に気づかれます
終端駅で入換をするときに、お客様が乗ったままだったことは、年に数回あります。
これは会社が集計した数字ではなく、私が見てきた範囲での実感です。会社や路線によって事情は変わります。
そして、車庫へ向かう回送列車として出発する前に気づいたのは、私が知るかぎり過去に一度だけです。そのときは、お客様が自分から申し出てくださいました。その方は眠っていて、乗務員も車内巡回で気づくべきところをそのまま通り過ぎていました。
気づかれる場所は、時間の順に四つあります。
- 到着したホーム — 駅係員の「回送列車対応」で気づく
- 折り返しの車内 — 乗務員がエンド交換で車内を歩き、そこで気づく
- 走っている最中 — 運転士や車掌が気づき、次の駅で降ろす
- 車庫 — 車両部門や清掃の方が見つけて対応する

ほとんどは、1と2です。
1の「回送列車対応」は、駅係員の業務名です。ホームでマイクを持ち、この列車は回送のため乗れない旨をお客様へ注意喚起します。そして列車が到着したら、気づかずに乗ったままの人がいないか車内を点検して、降りていただきます。駅係員の一日には、こうした細かい持ち場が分単位で詰まっています(駅係員の仕事内容)。
2の「エンド交換」は、終端駅で運転台を反対側へ移ることです。運転士や車掌は、そのために車内を歩いて反対側まで行きます。この車内巡回で気づきます。
4まで行ってしまうことは、まずありません。ただ、仮にそうなっても、車両部門や清掃の方が見つけて対応することになります。最後の砦はあります。
走り出してから気づいたときは、次の駅で「臨停」します
ここから先は、私が指令員として用意していた対応です。実際に起きた事例ではありません。
走行中に、お客様が乗っていると分かったとします。私が指令員なら、次の駅で臨時停車を指示します。現場では「臨停(りんてい)」と呼びます。
ただし、そのときに全部のドアを開けるわけにはいきません。回送列車ですから、開けてしまうとホームで待っているお客様が乗り込んでしまいます。
ですから、ドアコックを操作して、一つのドアだけを開けさせます。そこから降りていただく。これが、私が考えていた手順です。
見たことがないのに、なぜ答えられるのか
正直に書きます。私は、車庫まで行ってしまったお客様を見たことがありません。走行中に発見して臨停した場面にも、立ち会っていません。
それでも手順を答えられるのは、指令員が日頃からそういう想定をしているからです。
指令員は、滅多に起こらない事象についても対応を考えておきます。起きてからでは遅いからです。あらゆる場面を想定して、そのたびに「自分ならどう指示するか」を真剣に詰めておく。そうしておくと、いざ何かが起きたときに迷わずに動けます。
そして、そこで身についた安全への考え方や知識は、まったく別のトラブルを処理するときにも役立ちました。想定すること自体が、指令員の訓練になっていたのだと思います。
罰則はありません。直近の駅で降ろします
降りたあと、おとがめがあるのかを心配される方がいます。
罰則はありません。
運賃についても、最終的には現場の判断になりますが、事情を汲んで請求しないことが多いと思います。わざと乗る人はいませんから。
そして、降ろす駅は有人駅とはかぎりません。無人駅であっても、直近の駅で降りていただきます。回送列車にお客様を乗せたまま走らせ続けるほうが、よほど問題だからです。
まとめ
- 乗ってしまったら、すぐ乗務員に申し出るか、非常通話装置を押す
- 車内から自分でドアは開けられない。ドアコックは乗務員が扱うもの
- ドアコックを自分で開けて線路に降りてはいけない。反対側の列車が止まっているとはかぎらない
- ほとんどは、駅係員の回送列車対応か、乗務員のエンド交換で気づかれる
- 走行中に分かれば、次の駅で臨停して、一つのドアだけを開けて降ろす
- 罰則はない。有人駅とはかぎらず、直近の駅で降りてもらう
怖がって黙っている必要は、まったくありません。困るのは、気づかれないまま進んでしまうことだけです。
回送電車がそもそもどこへ向かっているのかは、別の記事で書きました。あわせてどうぞ。

